「Refrainシリーズ」補足事項について  その2

今回の内容はC96で頒布しました「Refrainシリーズ」の補足事項その2になります。
ネタバレ要素を含みますのでご注意ください。

今回は true……でなぜ「崇徳」という元号にを使ったのか? の補足です。

Re:farain root confirmでは「西暦2045年(令和27)」と記載していますが、
同じ時間軸でtrue……の方は「西暦2045年(崇徳3年)」と記載しています。
この元号については最終最後までどうしようか悩んでいました。

異なる世界線で元号を変えようと思ったネタ自体は、
どこかで見かけたツイートをヒントにしました。
ふぁぼってあったはずですが、元のツイート見つけられず……。
それはそうと、そもそも何故2045年という時代を選択したのか?という所からなのですが、
AIが人類の知識を超える技術特異点(シンギュラリティ)が2045年に到来すると言われているからです。
この物語ではタイムマシンができているのはもう少し前ですが、
実際に評価され、世間に注目された年を2045年に設定しています。
実際のところ、シンギュラリティが訪れるのかはわかりませんが、
シンボル的な役割として2045年というのはわかりやすいかな?と思って決めています。

さて、肝心な元号なのですが、true……の設定だと令和24年(2042年)に元号が変わったことになっています。
この2042年って実は今上天皇が83歳になられる年なのです。
上皇陛下が天皇の位を退位なさった年齢が83歳なので、同じ年齢になられたのをきっかけに今上陛下も譲位されたという設定です。
譲位については今回限りの特例措置との事でしたが、平成⇒令和への改元がお祭りムードであったことを考えると
今後も同様の事があるのではないかな?と個人的には思うのです。

という事で、改元は譲位によるものだという裏設定があります。
これ伝えておかないと不敬だと言われかねないので……。

で、ここからが本題。なぜ崇徳という元号なのか。
これ、ホント、凄く悩みました。その元号使って大丈夫なのかな?と。
結果、採用に至ったのは下記の条件を満たしたのが「崇徳」のみだったからです。

1:令和が万葉集の引用であることに倣って日本の古典から引用したかった
2:元号としてはあり得そうだが実際には絶対に存在しない

まず、1について。
お恥ずかしい話、僕はあまり頭が良くないので古典と言われても全然わからないんですよね。(笑
小学生のころに百人一首全種覚えさせられたので、なんとなく百人一首には愛着があって、
じゃぁ、そこから引用しようとなったのです。
その中でも恐らく一番人気があって個人的にも好きな短歌に
「瀬を早み岩にせかるる滝川の われても末に逢はむとぞ思ふ」という歌があるのです。
なので、ここから引用しようかと思ったのですが、引用しようにも良い感じの文字が無い。
じゃあ、作者から引用しようと思ったわけですね。
作者と言えば、崇徳院。……ただ、この方、色々といわくがあってすんなりこの名前使っても良いのか?という考えがよぎりました。

次に2について。
崇徳っていかにも元号にありそうだし過去に使われた例もない。
そして、過去天皇の名(崇徳天皇)として使われていますから、今後採用されることもない。
やはりフィクションである以上、絶対にありえないものにはしたかったので。

という事で、上記を満たすのが「崇徳」でした。

さて、なぜすんなり「崇徳」が使えなかったかというと、崇徳天皇(崇徳院)といえば怨霊になった天皇と言われているからです。
簡潔に言うと天皇家を呪って怨霊になっちゃった方なんです。
生半可な知識でうっかりな事を書いてうっかり指摘されると嫌なので、
詳細は「崇徳天皇 怨霊」とかでググっていただけると嬉しいです。
とにかく元号として使うには僕としては怖いというか……
歴史の詳しい方に「なんて元号使ってるんだ!」って怒られたり、指摘されるんじゃないかなってビクビクで。
……気にしすぎかもしれませんが。

でも、最終的には採用しました。
自分の中で下記のような理由付けで半ば無理やり納得させました。後、気にしても仕方ないわ。って事で。(笑

2042年前後は(設定上)非常に災害や暗いニュースが多い時期なんです。
昔から災いが多いと改元してましたし、陛下のお年も考えて改元というムードが一気に出来上がったわけです。
そんな中、元号の候補の一つに「崇徳」があがったわけです。
災害は崇徳院の祟りが原因だー。鎮めなければー。
そうだ!元号に「崇徳」を使う事で崇徳院を鎮魂させよう!とかそういう安易な感じで元号が決まった事にしよう!
と自分の中で勝手に納得しました。

2042年に何を非科学的な事を言ってんだって話ですが、これだけ科学が発展しても未だに日本人は怨霊とか祟りとか気にするもんです。
多分ですね。後数十年ではそのマインドは変わらないと思うんです。
といういわした脳内会議が繰り広げられてとにかく元号は「崇徳」に決まりました。
理由付けがグダグダなのはフィクションって事でお許しください。

正直なところ上記は「瀬を早み岩にせかるる滝川の われても末に逢はむとぞ思ふ」という歌を引用したかった為の理由付けなんです。
理由なんてなくても良いのかもしれないですが、僕としては脆弱であっても理由付けされているだけで、少し安心できるんです。

何故それほどまで引用したかったかというと、この歌ものすごく今回の自分の作品にマッチしてるんです。
自分でもビックリするくらい。
この歌は
「川の瀬の流れが速く、岩にせき止められた急流が2つに分かれる。
しかしまた1つになるように、愛しいあの人と今は分かれても、いつかはきっと再会しようと思っている。」
という意味なのですが、川の流れを世界線として見立てるとどうでしょうか?

「複数に枝分かれした時間という流れもいずれひとつの世界線へと収束する」
今回のお話の最後のシーンになるんですわ。